上野アーティストプロジェクト第9弾として開催する本展では、布地などに針で糸を刺し、縫い重ねる手法によってかたちづくられた多彩な造形と表現に注目します。手に持った針を動かし、布の表裏の行き来を繰り返す「刺繍(ししゅう)」と呼ばれるような仕事は、つくり手に自分だけの世界に潜りこむことを促し、安らぎや自己解放、時に救済をももたらすものだと言われます。一方で、布地の補修や装飾、信仰などのため、様々な時代、様々な場所で土地の風土に根ざしながら発生してきたこの手わざは、時間・空間を隔てた他者の生活への想像力を働かせるきっかけともなり得るものです。
本展では、大正末から現在にいたる国内の5名の刺し手たちの活動をみつめます。それぞれが手を動かし、布の上にすくい上げた「かたち」と向き合うことで、針と糸というシンプルな道具とともに続けられてきたこのいとなみの意味と可能性について、考える機会となれば幸いです。
【展示構成と出品作家紹介】(展示順)
近世以来の刺繍職人の家に生まれ、伝統的技法に基づきながら革新的な表現を追い求めた。
平野利太郎《花と魚菜》(部分) 1953年 町田市立博物館蔵
平野利太郎《サボテン》(部分) 1955年
町田市立博物館蔵
西洋刺繍の知識を土台に、羊毛の糸を用いた躍動感ある絵画的な刺繍作品を発表し、日本手芸普及協会の会長も務めた。
尾上雅野《秋》1974年(公財)日本手芸普及協会蔵
尾上雅野《赤い花の中の少女》
制作年不詳
(公財)日本手芸普及協会蔵
絵や映像を介して目にし、記憶した風景や事物を、自由なステッチで画面上につくり上げている。
岡田美佳《丸ごとキャベツ》1997年
作家蔵
岡田美佳《ハーブの庭》1996年 作家蔵
つくることをめざすのではなく、自分の奥底に流れる時間や感覚を確かめるかのように、日々、糸を刺し続ける。
伏木庸平《オク》(部分) 2011年- 作家蔵
伏木庸平《こもんべべ》(部分)
2023-24年
作家蔵
ベンガル地方の女性たちの間で古布再生や祈りの思いから生まれ継承されてきたカンタと呼ばれる針仕事に共鳴した。
望月真理《太陽紋の法被》(部分) 1998-2003年
個人蔵
望月真理《象は森の王様》2020年頃
個人蔵
※撮影は全て鈴木静華
一般800円、65歳以上500円、学生・18歳以下無料